縦裂FNO

俺はポエマー、すべてイカサマ。

怒りはぶつける為にある

前回に引き続きまた音の話である。

 

 これは僕が横浜のアパートで一人暮らしをしていたときの事だ。有り余る時間に束縛の無い部屋、その頃の僕は「夜に遊んで朝に寝る」という大学生の義務を抜かりなくこなしていた。そんな日々の、ある日の朝。本日も任務完了だと意気揚々と布団に潜りこむ朝7時だったが、その僅か1時間後に壁を破壊するかのような打撃音によって飛び起きる。そしてワケもわからぬまま耳をつんざくチェーンソーのような音にしばらく茫然とするのだった。ハッとした僕はなんだなんだなにごとだと玄関を飛び出すと、即座に視界に広がる無垢な景色と熟練風味な作業員の存在によって隣の部屋がリフォーム作業中なのだと知った。

 勘弁しろよ、僕はこれから寝るんだよ、この生活サイクルは大学生の務めだろう、義務だろう、それもわかっちゃいないのか。僕は母に電話する。こういうときは母に電話と相場が決まっているのだ。特に男は。

 あ、もしもし母さん?あのさ、隣の部屋がリフォーム工事でうるさいんだよ。朝8時から騒音撒き散らしてさ、ん?それくらい我慢しろ?あんたが入居する前もそうやってリフォーム入って誰かに迷惑かけたって?いやいや、それとこれとは別ですよ。だってこんな早朝からガチャコンガチャコンされたら大学生の義務が果たせませんって。まさか夜に寝ろって言うんですか?

 

 これは僕が実家でダラダラとした悠々自適な生活、言いかえると、大学生の義務をしっかりと果たしていた日々のとある朝のこと。「夜に遊んで朝に寝る」今日もお勤めご苦労様ですと僕は朝7時に布団に飛び込んだ。だがその1時間後、高速で回転する刃物が小石を弾き飛ばす「チュインチュイン」という音と共に甲高い2ストロークエンジンのような騒々しい音によって僕は飛び起きた。なんだなんだなにごとだと窓まで駆け寄りカーテンを開ける。すると、近所のご老人方がその折れ曲がった腰に似つかわしくない暴力的なきらめきを所持していた。草刈り機だ。草刈り機でせっせと除草作業をこなしていたのだ。しかも皆して「本当はやりたくないんだけども草が伸びては困るしなぁやれやれ」といった具合の表情をしている。

 ふざけるな、こっちは大学生のキツイノルマを日々こなしているんだぞ。こんなことで眠りを邪魔されてたまるか。僕は母に相談しようとリビングへ向かった。こういうときは母に相談するのが一番と相場が決まっているのだ。特に男は。

 あ、母さんおはよう。あのさ、隣のアパートの庭、草刈り機の音がうるさすぎて寝れないよ。苦情言った方がよくない?え?みんな老人なんだからこういう作業は朝の涼しい時間にしないときついって?いやでも僕には義務が…ん?大人になれって?ええ?

 

 隣人が大人数で騒ぐなどしてうるさければ壁を叩くなりピンポンして苦情を言うなりすれば良い。雨風がうるさければテレビに向かって罵詈雑言を浴びせればよい。でもリフォーム工事や草刈りの騒音はどうしろというのだ。仕方がない?我慢しろ?もう大人だろ?いや、それはわかる。わかっている。しかしその正論は僕の抱える怒りのやり場をどこか知らないところへ消し去ってしまうのだ。知りたくない、朝の騒音より自分の怒りの方がよっぽど理不尽なのだとは知りたくない。いや、とっくに知っていたけども、理解はしていたけども、やり場の無い怒りはどうすればいいんだ?まるでウルトラマンによって家を壊されたような気分だ。

「怪獣がいたんだ。たまたま足元に君の家があってね、仕方なかったんだ。じゃなきゃやつらを倒せないだろう?我慢してくれよな」