縦裂FNO

日々、見るもの流れゆく物の例え。

白球を追いかけ、ウナギを頬張る。

 「夏が来たな」と思ったのも束の間で、あとひと月もしないうち9月になり秋が顔を覗かせる。秋が来ればあっという間にクリスマスが来て、年末を迎えてまた年を取る。今年は何をしたっけ?今年も何もできなかったんだっけ?そんなことを今のうちから考えてしまう。だが、まだ夏は続くのだ。甲子園すら始まっていないじゃないか。

 目覚めと共に耳をつんざくのはけたたましい蝉の声、あくびをしながら付けるテレビからはブラスバンドの気怠い応援、ピッチャーの真剣な眼差し、バッターの横顔、チアリーダーの嘘くさい笑顔、そして金属バットが球を弾き、カキーンと響く気持ちの良い音。白球は空高く舞い上がり、入道雲を突き破るかの如くだ。熱いぜ、これが青春なのか、嬉し涙も、悔し涙も、僕らの人生にそんなものはあったのだろうかって。白球を追いかける?僕はなにも追いかけたことがない。部屋のクーラーはゴーっと音を立てる。これもまた心地よい夏の音。それは点火スイッチの押された火葬場の、遺体を焼く音と似ている。そしてまた眠くなり、目を閉じる。

 散らかったデスク、やかましい電話の声。無駄に強くEnterキーを叩き、一息ついてニュースを見る。トップページには甲子園の速報。しかしもう甲子園なんぞに興味はない。学生の頃みたいに、あんな自堕落が無ければこんなスポーツ見やしないのだ。イライラが募り、それを落ち着けるためにアタマの中でクラシックを流す。J.Sバッハの平均律クラヴィーア。お世話になっております!承知いたしました!とんでもございません!申し訳ございません!失礼いたします!そんな時でも平均律クラヴィーア。エレガントなオフィスを脳内で演出。早く帰りたいの以外の感情が消える。

 ここ最近、短いスパンで2度もウナギを食べた。1度目は浅草橋のお店。奮発して3500円の上を頼む。僕はカウンター席から寡黙な主人がウナギを捌くのを見る。ウナギはスライスされてもなお、ウネウネとしていた。気持ち悪かった。しかし出てきたものは当然美味しそうだったし、食欲をそそるものだった。

「頂きます!!」

 ものの5分で食べ終わる。え?これで終わり?これただの焼き魚だよね?確かにおいしかったけど40分待って5分で食べ終わって3500円?お店を出るころは損をしたような気分だった。何かが満たされることなく、財布だけが軽くなった気分だった。

 父の里帰りについてゆく。九州の宮崎。やることねぇな、そう考えていたとき「ウナギ食べたくないか?」と父の声。きたぜ、2度目のウナギが到来。

「うなぎ定食ください」

そう言って10分もしないうちに料理が運ばれてきた。早い。さっそくタレをたくさんつけて一口齧る。甘い。そして柔らかい。辛目の味付けでバリッと焼く関東風とは真逆だ。これはこれでおいしい。前回の反省を生かして10分かけて食べる。満足だ、なぜならこれは奢りだからだ。