縦裂FNO

日々、見るもの流れゆく物の例え。

(小説)ST∃M 『これは君の日々 2』

 

1

11.16 21:03

 またやってしまった、わたしはそう思った。単にコンタクトをつけたままお風呂に入ってしまったというだけなのだが。わたしは湯船に潜り込んで、水中から水面を見てみたいのだ。しかしコンタクトをしていては水中で目を開けることができない。すると、母が突如浴室に入り込んできてこう言った。

 

「いや、コンタクト外したら見えないでしょ。あんた視力0.02」

「べつにいいんだって」

「ゴーグル」

 浴室の照明の光が屈折し、揺らめいている。わたしの髪も踊るように揺らめいている。潜り込んだお湯の中で触る自分の髪は乾いているときよりも少し柔らかく、優しい感じがした。

「心臓の音は揺らめかない」

「音は揺らめかない」

 

2

11.17 17:21

 火事のあったヤニリ町のアパートは、既に新しい住民が入居していた。

「いやー、最近は事故物件とか人気でしょう?私も流行というやつに乗ってみましたよ」

「まぁそうだけども、まさか焼けた部屋のまま入居するとはねぇ」

「これが新しさというものですよ!」

「また火事になってもわからないね」

「メリットです」

 

3

11.17 17:49

「『若草』って言葉あるじゃん」

「あるね」

「あんまり若さ感じないよね」

「わかる」

 

4

11.18 04:16

道路工事を早朝にするのは、単に人がいないからというだけの理由だろうか。日が昇る前とはいえ、ぼんぼりのようなバルーンライトで辺りは昼間のように明るい。水分不足のような顔をした作業員が機械的に同じ動きを繰り返している。工事は、道路を舗装するためのものだった。わたしはゆっくりと足を踏み入れる。熱くやわらかなアスファルトはぐにゃりと沈み込んだ。足を持ち上げると、靴底は黒い糸を引く。何かが溶けている。これはアスファルト?靴底のゴム?わたしは熱々の地面を歩き続ける。

「こら!あんた!ここはまだ地面が熱いから歩いちゃダメさ!」

「おじさんたちは?」

「俺たちゃいいんだべ!」

 振り返ると、作業員たちはみな、体が半分ほどアスファルトに飲み込まれていた。

「あとで彼らに眠気覚ましを買ってあげます。ところでおじさんはなんで左足がないの?」

「地面になっちまっただ」

 

5

11.18 12:21

「ここは来月解体が決まっている」

わたしはそのもうすぐ壊されるという建物の壁に手を当て、目を閉じる。建物や土地に記憶というものがあるのなら、この建物が持つ記憶は、まもなくバラバラに崩れ落ちてしまう。

「誰もが祝福されて生まれてくる」

「でも自殺する人はいるでしょう?」

「ここも同じだよ。経営が行き詰って倒産したんだから」

「倒産は病死じゃない?」

「経営を断念するんだがら自殺だよ」

「例えば、もう使われなくなって久しい場所でも、建物自体が存在し続ける限りは『ああそうだ、ここにはこれがあって、あそこはああなってて~』ってわかるもんだよ。その建物を使ってた人はね。霧散していた記憶がすーっとまとまるのさ。でも建物が取り壊されたら、もうそれも無理なんだ。その場から導き出される記憶というのはすべて消える」

「それは人間の記憶というより、建物が『思い出せ!』って、わたしたちに記憶を送りつけているみたい」

「そんな感じだろな」