縦裂FNO

日々、見るもの流れゆく物の例え。

Flip Out

 

 じっと椅子に座っていると、時計の長針が「カシャッ」と音を立てて右回り。この音は1分毎に鳴るのだろうか。いちいちうるさいのだ。僕は時間を意識してしまう。僕は物凄く退屈していて、できるだけ時間は意識したくなかった。

 そのまま20分くらいが経過しただろうか。また「カシャッ」という音を耳にする。すっかり忘れていたこの音が、再び僕の耳を襲う。なぜこのタイミングで、なにがきっかけで再び僕の耳に届いたのか。

 5分後、僕はこの音が1分おきではなく、30秒おきに鳴っていることに気付いていた。

 

 和室で読書。ちょうど一息ついたころ、僕のスマホは誰かからメールが来ていることを告げている。読んでいたページで右手の人差指を挟み込む。左手はスマホ

 そのとき、キッチンの換気扇が回りっぱなしであることに気がついた。「ゴーッ」という唸りのような低い音。

 さっきまでこんな音は聞こえていなかった。しかし僕が意識した瞬間から換気扇は動き出した。もはや読書どころではない。僕は換気扇を切りに立ち上がる。

 

 意識しなければ音は聞こえない。意識しなければ天井の模様は顔には見えない。意識しなければシャンプー中背後を気にすることはない。意識したその時から全てが歯車のように連なって、「あれこれ」が僕の中に入ってくる。それは時間に対するブレーキ。リアルタイムへの急激な減速。

 没入。そこに気に障る音は無い、「あれこれ」も無い。日常の浸食を阻止。苦難の忘却。架空への期待。ただしそこは竜宮城。いかんせんスピードが速すぎる。現実は、僕らの生活は、今日も人々を呼びとめる。その度、僕たちは立ち止まる。「あれこれ」が人々を「先」へ行きすぎないよう取り締まる。