縦裂FNO

日々、見るもの流れゆく物の例え。

知らないどこかで2

 

 意識を保つことができる限界の状態、眠りに落ちる直前というのは、体の感覚が異常なほど過敏になっている。例えば、知り合いが耳元で何かを語りかけてくる想像をする。すると、その想像上の知り合いは普段の想像の何倍もの現実味を帯びて僕に語りかけてくる。もう会う事が叶わないような人を想像しても、その声はハッキリとした輪郭を帯びていて、息遣いまで聞こえてくる。そんなときは、夢と現実の狭間、クラクラするアタマの中で響くその声に涙して眠りに落ちることになる。

 ある日の深夜、僕は眠りに落ちようとしていた。夢と現実の境界線が曖昧になってゆく中で聞こえてきたのは救急車のサイレン。家の前をけたたましく走り去って、そのサイレンが地平線の遥か先から聞こえてくるように感じる頃、僕は救急車の中で生死をさ迷っている人の事を想像する。激痛に悶え苦しんでいるかもしれない、溢れだしたその血が、少しづつその体を冷やしているのかもしれない。

 果たして本当にそんなことが起きているのだろうか?僕はこんなにも平和に眠ろうとしているのに?

 僕が眠りに落ちる時、その現実を感じとるには僕のアタマはあまりにもボンヤリしすぎている。そして、あまりにも平和すぎている。でも、僕の知らないどこかで、それは確かに起こっている。いつか、自分の人生が終わるその時に、僕はこの日のことを思いだしてみようと思う。