縦裂FNO

日々、見るもの流れゆく物の例え。

知ってること、知らないこと

 

 マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて 第4巻 花咲く乙女たちの陰にⅡ』の序盤にこんな例え話がある。

 牢獄か施療病院で生まれた子供が、人間の器官は干からびたパンと薬しか消化できないと長らく思い込んでいたのに、あるとき不意に、桃も杏子も葡萄も単なる野の飾りではなくて、おいしく消化のいい食物だということを知る。たとえ看守や看護人がこうした果物を摘むことを許してくれなくとも、その子供にとってやはり世界は一段とすぐれたものになり、生活は快いものになったように思われる、という話だ。

 プルーストの基本的な文章構成は、「それはまるで~~のようである」というもので、曖昧で捉えどころのない人間の性(サガ)を上記したような巧妙な例え話によって見事にすくい取り、「言葉」として体現している。上の例え話も人間の「秘密を知っていることの幸せ」を的確に表している。

 人間は「知っている」ことに優越感を持つ。思い返せば小学生の時からそうだ。スクールカーストのトップに位置する子供たちは、主に色恋沙汰に関する様々な噂、事実を知っている。ただ、その情報の内容は彼、彼女らに何の利益ももたらさない。にも関わらず、子供たちは必死にその情報を追い求める。重要なのは単に「知っている」ことだ。「知っている」ことは何よりのステータスであり、欲望を満たし、自らの地位を約束してくれる。親友が僕の知らないであろう情報を他の人とこそこそ話しているのを目撃したり、みんな知らないだろうと思っていたことを僕の前でぺらぺらと、さも当たり前のことのように喋りだしたりしたときは、何も知らない自分が惨めに感じたものだ。

 そんなこんなで少年時代を過ごしていたが、中学2年生の終わりごろ、僕はあるトラブルに巻き込まれた。僕は被害者だったにも関わらず、あることないこといろいろと噂を立てられ、学校も休みがちになった。それからというものの、僕は噂話にクビを突っ込むことを極端に嫌った。変な噂を立てることで、自分が誰かの加害者になるかもしれないという不安があったからだ。僕を苦しめたのは間違いなくそういう噂話だったのだ。

 そして中学3年生、なにも「知らなくなった」僕は極端に友達が減った。ついでに引退を前にして残り少ない部活も辞めてしまった。学校という狭い世界、他人と共有できるものがないと生きてはいけない。他人に何も与えることができない人間は他人が他人から何かを与えてもらうことなどできないのだ。体育祭や文化祭での一体感、楽しみ、喜びすら共有を許されない。孤立は「助けて」のサインなどではなく、同情の種となり、ただただ孤立を深める。何も知らない人間は、誰にも知られていない人間になってしまう。

 高校に入ってからは、ある程度気持ちがふっ切れたこと、そして人数は少ないながら気の合う友達に恵まれたことで普通の学生生活を送れた。それは大学に入ってからも変わっていない。しかし周りに目を向けると、やはり世界は人々の噂に溢れ、みんな「知りたい知りたい」と目をぎらつかせている。本や実体験で得た教養じみた知識より、下世話な噂話のほうが好まれる。博識はただのナードなのだ。それはこれからも変わらないだろう。

 最終的に僕が言いたい事をまとめると、雑誌やテレビを見ていて「この子かわいいね」と言った際、「でも性格悪いらしいよ」と返されたりすると思わず吹き出しそうになるってことだ。一体その事がこのメディアに映し出された可愛い顔と何の関係があるのだ。(話の出所だって怪しい)1度きりの人生なのだから、もう少しプラグマティックに生きても問題はなかろう!!