縦裂FNO

日々、見るもの流れゆく物の例え。

覚めない夢は

 

 僕は電車に乗りこむなりすぐに最初のページを開いた。カート・ヴォネガット・ジュニアの自伝的小説『スローターハウス5』。この日に備えて買っておいた本だ。

 これは先日の日曜日のこと。僕は朝6時54分に最寄駅から電車乗り込み、7時35分にはJR京葉線で東京駅から千葉県の蘇我駅へ向かっていた。京葉線への乗車時間は約51分で、始発と終点、端から端への長旅。帰りも考えれば102分も京葉線の電車に乗ることになる。自宅の最寄駅から東京駅までの道のりも考えれば3時間近い移動時間だ。

 普段あまり乗ることのない路線ということもあり、僕は読書よりも景色の方に気が取られてしまった。なかなかページは進まない。ついには本を閉じて膝の上においてしまう。車内を見回すとカップルや子供連れも多い。早朝からなぜ...と思ったが、すぐにこの路線はディズニーリゾートへ向かう路線だということを思い出した。

 京葉線はディズニーリゾートのある舞浜駅の他に日本最大のイオンモールやコストコなどがある海浜幕張駅もある。8割の乗客はこの2つの駅、どちらかで降りる言ってよい。僕は車内の乗客を見て、「このカップルは舞浜で降りるな....」「このおばさんは幕張か....」などと降りる場所の選別を始めた。

 この選別は簡単だ。1人で舞浜駅で降りていったおじさんなどの例外を除けば、ほぼ正確に見抜くことができた。僕は舞浜や海浜幕張で降りてゆくカップルや家族の背中を、「楽しんで来いよ」というよりは「朝から御苦労な事だ」と思いながら見送るとガラガラになった車内で再び読書を開始した。

 蘇我で用事を済ませると既に辺りは暗くなり始めていた。僕はまたも京葉線に乗り込み、今度は東京駅を目指す。逆回りの世界。今度は海浜幕張や舞浜で多くの人が乗り込んでくる。

 さてここからが本題なのだが、なにが本題かというと、夢の国ディズニーランドorディズニーシーで思い出に残るような楽しい1日を過ごしたことだろう彼、彼女らのことだ。3人組の女子高生たちが僕の居る車両に乗り込むなりいきなり大声で笑いだした。コスプレとも言える格好で電車に乗っている集団もいる。お土産の袋は電車の揺れに合わせて終始ガサガサ音をたてていた。

 つまりこの人たちはディズニーの魔法から覚めていないのだ。ゲートを出て電車に乗り込んでもまだ気分はディズニーなのだ。テンションはどこまでも高く、疲れなど感じていないように見える。ディズニー帰りとそうでない人々との間に、火と水ほどの温度差を感じながら僕はまじまじと彼、彼女らを眺める。僕はイヤホンをして音楽を聴くことでその中和されることのない空気から逃れた。

 東京駅についてからもその異様な喧騒は続く。相変わらずわいわいとはしゃいでいるディズニー帰りの人々(いい加減素のテンションに戻ってほしい)、日曜日だというのに疲れた顔をしているサラリーマン、派手な格好のおばさん、歩きながらも単語帳をめくる勉強熱心な受験生もいた。

 僕はどう見られてるのかなと考えた。どこにも属していない気がした。このような喧騒はふと、一抹の寂しさや孤独を人々に与えるものだ。喧騒の中ではなにも気付かない方が良い。喧騒の中では喧騒になりきるのが一番だ。素知らぬ顔をして、というより、あたかも僕がこの喧騒を支える何かの役割を担っているような顔をして中央線への乗り換えへ歩を進めた。