縦裂FNO

日々、見るもの流れゆく物の例え。

見たまま感じるまま

-----水は透明だろうか

多くの人は「そうだ」と答えると思う。ではなぜ‘水色‘という色があるのだろうか。絵を描く際、見える風景に素直になれば水は無色透明のはず。

 

-----太陽は赤いか黄色いか

では太陽は赤(外国では黄色)のイメージなのだろうか。実際は白く輝いて見える。しかし絵を描く際は赤く、または黄色く描くだろう。

 

僕は水が水色で太陽は赤や黄色だと誰かに教わった記憶は無い。幼稚園児だったころに先生に教わったのかもしれない。教育の行届いていない発展途上国でも皆同じ色で描くのであればなにか人間に共通した「感覚」があるのだと思う。

そうだとすれば世界中の人間が見える色とは違う色を「そのものの色」として認識しているというなんとも不思議な話だ。ユング集合的無意識というやつだろうか。

 

-----闇は怖いが光はおちつく

似たような例はまだある。それは、‘人間は光に安らぎを、闇に恐怖を抱く‘ということ。確かに暗く見えない状態は怖いし、光があれば安心する。これは全人類に共通している。しかし光ある状態が自然なものだろうか。

 

----なぜ画用紙は白いのか

どうも人間は原始的なイメージとして「白」のイメージを持っている。「違うだろ!」という声が聞こえてきそうだが、みんな絵を描き始めるときは真っ白な画用紙に絵を描く。それは何も存在しない「原初」の状態を「白」と定義しているからではないだろうか。まぁでもこの例は極端すぎる。実用性を考えれば紙が白いの当然なのだから。黒い画用紙は使いづらい。

 

-----宇宙は黒いのか

僕は宇宙は黒くはないと思う。宇宙こそ純粋な無色透明だから黒く見えるだけだ。でも上で述べたように「白」には原初のイメージがある。そこで白い宇宙を想像してみる。白い宇宙も面白い。

 

-----死は黒い

結局のところ、本当の原初の世界は「闇」のはず。でも人間は闇が怖い。闇に葬り去られる死が怖い。死は有限性というもの取り払って、すべてを解放し、無という原始的なものに還してくれる自然なもの。それでも死が怖い。では自殺したい人間は自然なのか、いやそうではない気がする。こればっかりはわからない。

 

-----結局

人間の感覚のズレは面白い。