縦裂FNO

俺はポエマー、すべてイカサマ。

Road to Nowhere

記憶が妄想か、それとも思考の断片のようなものか、それらが煙のように蔓延する心地よい世界を自我が直線的に突き抜ける感覚の後は己の目蓋がバサリと開く音、刺々しく飛び込む朝日、いつも通りの眠り足りない感覚、いつも通りの仕事に行きたくないという気持ち、でもそれらは「いつもの」の範疇であり、いつも通りに顔を洗っていつも通りに着替えていつも通りにコーヒーを淹れて、いつも通りにソファに座ったのだが、何かが決定的に働いて「今日は休もう」と思ってしまった。特に理由はないが週明け早々仕事を休んでみたわけである。

時刻は朝8時30分、テレビもエアコンも電源を切って窓を開け、ソファに寝そべり天井を見つめていると風に揺らめくカーテンが視界に入る。目を閉じて、街の喧騒に耳を澄ます。

平日というのは案外外がうるさい。特に工事の音である。改めて気づかされるが、土日は工事も休みなのである。その他芝刈りの音、けたたましく走り回るディーゼルエンジンのトラック、そして梅雨明け宣言と共に我々の耳をつんざく蝉の声。朝といえども風は生ぬるく、多くの湿気を含んでいた。

微かな罪悪感と後戻りできない少しの焦りがあっという間に時間を推し進める。本当にただ天井を見つめているだけで30分が過ぎていたのだ。9時を回ると公園で遊ぶ子供たちの声が聞こえてきて、もう夏休みなのだと気が付いた。そうしてようやく気持ちも落ち着きを取り戻してくる。

近所の小さな図書館は月曜日でも開館していて、2階にある読書スペースでは暇そうな老人や宿題をする小学生、資格の勉強に勤しむ青年たちがいた。僕は文芸誌を手に取り、短時間でも読み終えられそうなコラムに目を通す。するとそこには「どこでもないところ」についての話が載っていた。

著者は「NOWHERE」という単語について述べる。トマス・モアの有名な著書『ユートピア』、この「ユートピア」という単語は著者による造語であるが、その成り立ちはギリシャ語の「ou+topos」から来ているそうだ。英語にすると「no+place」であり、どこにもない場所を示している。つまり「どこでもないところ」を「ユートピア」としているのであり、「NOWHERE」には「PARADISE」が含意されているのではないかという話である。いや実際これはなんとも暗い話ではないか、結局のところ我々はどこにも行くことはできないということを暗に示している。「世間」は激流であり、我々はただそれに流される。常識や善悪、そんなものたちが己と他人の対比の中で形作られ「我」になり、「我々」になる、それが「世間」。では「自我」はどこにあるのか、いや本当は自我なんてものは先に述べた他人との差分でしかなく、特別大したものではないのかもしれない。自我なんて目覚めに必要なだけだ。ただ生きることだけでは良しとはされないこの世界だ、どこでもないところへの道中、どのようにして生きてゆこうか。

図書館を出ると軽い空腹が訪れ、午後の気怠さがすべてを吹き飛ばしてしまう予感がした。朝になんとなく考えていた映画を見ようだとかどこかに出かけようだとか、何かを書こうだとか、そんなものは一切合切無理だろうと悟った。これといって大事なことでないのなら、諦めは早い方が良い。

「きっと俺はコンビニで昼食を買って帰宅して内容の薄っぺらいアニメでも見ながらそのまま昼寝をしてしまうのだろう。」

帰り道のBGMはDRY&HEAVYの『FULL CONTACT』。DUBWISEされ延々と繰り返される鋭いハイハットのディレイ、深いスネアのリバーブ、野太いベースラインは灼熱のアスファルトを黒々と溶かし、僕はどこまでも深く飲み込まれてしまうような気がした。サボタージュが引き起こす真夏のサイケデリア。

街に17時のチャイムが鳴り響く、身体を起こし、スマホを見ると「パスタの麺を買っておいて」のメッセージ。再びの沈黙。

街に18時の鐘の音が響く。僕は顔を洗って顔にタオルを押し付けるとなんだか情けない気持ちになって1分くらいそのままの姿勢で時計のチクタクを聴いた。時間、時間、時間。

さて、取り敢えず部屋着のまま近所のスーパーへ向かう。そこではインテリヤクザのようなルックスをした男と我の強そうなOLが「最近飲んだ美味しかったお酒の話」をしながらカゴの中に次々と商品を放り込んでいた。バコッ、バコッ、商品が投げ込まれるたび、音が鳴る。カゴの中が段々と満たされてゆく。バコッ、バコッ、女はカゴの重さに耐えきれない、歪んでゆく笑顔が夕陽に溶け込む。そのとき、僕の頭の中では浅井健一の曲『Supermarket Love』が流れていた。

 

スーパーマーケット

山盛りになって身動きとれねぇ

いくらなんでも

ちょっと買い過ぎだぜ

シャンプーハットは必要ないだろ

そろそろ行こうぜ

日が暮れちゃってる

 

そう、日が暮れちゃってる、日が暮れちゃってるのだ。つまり明日は仕事に行かなくてはいけない、いつも通りに。