縦裂FNO

日々、見るもの流れゆく物の例え。

孤独死を許すな

最近、自宅の周りのものがどんどん消えてゆく。家から一番近いところにあった自動販売機、古い民家、病院跡地などなど。

そこにあったものがふと消えるというのは不思議な感覚がする。二度とその空間を再現できないという点に於いて、それは生物でいうところの死に近いものがある。空間など、壁と天井があればすぐにできてしまうものだが、同じ場所でも同じ空間と言うのは再現できない。なぜか空気はいつも必ず違う。自分自身が持つ空気が違うというのもあるけれど。

片づけの途中に出てきた中学生のころ使っていたガラケー、充電器もあったので電源を入れて画像フォルダを覗く。いろんな時のいろんな写真、懐かしさやら恥ずかしさやらいろいろな気持ちがする。そんななか、1枚の写真に目がとまる。その写真には古びた校舎が写っている。僕が九州に住んでいたころに通っていた小学校の校舎。今はもう取り壊されて存在しない校舎。まだ7歳か8歳だったころの、その場所での記憶が蘇る。当時からボロボロだった校舎は「ゴキブリが多い、汚い、お化けが出る」なんて言われていて、みんなから恨み嫌われていた。だから太陽が傾くころには人もおらずひっそりとしていた寂しい場所。そこでどんなことがあっただろうとか考える、思い出せるのは、球根の栽培をしていたとき、僕のだけ芽が出なかったこと、いつも一か所だけ鍵が開いている窓があること、隣に座っていたイマイ君の父親が逮捕されたこと、トイレが臭かったこと、風が吹くと窓が酷くガタついてうるさかったこと、理由は覚えていないけど僕が藤田君に重傷を負わせてしまったこと。それらが過去に存在していたのだと証明できるのはこのレトロなデジタル写真と僕の記憶だけ。写真さえ無ければ、そこに何かがあったという確証はただ記憶の中にだけ。輪郭が薄くなって消えつつあるような記憶、西日に焼かれて色褪せたポスターのような記憶、これからも僕が抱えて生きてゆける記憶なんてのは、そんなものだけ。だんだんと校舎の事がかわいそうになってきた。街も、人も建物も出来事も孤独死をするのだろう。20年近く前のあの場所は孤独死を免れた。僕が生きている限りは、誰かが思い出す限りは。

シャッターを切る瞬間に求めるもの。自分の顔、料理の写真、友達との楽しいひと時、そんな場面もいいけど、時には何も起きていない街の風景を撮るのも良い。きっとその瞬間、瞬間に、街の記憶、街の胎動、街の顔、街の姿、人の顔、人の気持ち、人の存在がある。誰も孤独死しないためにも記憶に留めておけるものは少しでも多く焼き付けておく必要がある。