縦裂FNO

日々、見るもの流れゆく物の例え。

漫画返せ

 早稲田松竹で映画を観た帰りのこと。魚喃キリコの漫画が原作の映画『blue』を観た。作品の良し悪しは別として、なんとなく鑑賞後はひとり街を闊歩しながら頭の中で言葉探し。実経験では持ち得なかった感情を映画から得るのだ。それはただの暇つぶしかもしれないし、カッコつけたいだけかもしれない。とりあえず誰に語る訳でもない映画の感想をあーだこーだと考える。入館時はまだ明るかった空も映画館を出る頃にはすっかり暗くなり、日中は初夏のように暖かかった空気も季節相応に寒い。だが、この落差が映画の醍醐味だろう。映画の中で進む時間、現実の時間、明日が近づく憂鬱。ビルとビルの間からは冷えた風が強く吹き込んでくる。そんなこんなであっという間に駅へと着いた。

 改札を通過後、高田馬場から発車直前だった西武新宿線に飛び乗る。帰宅ラッシュの時間帯、満員だったが、なんとか隙間を見つけて体をねじ込み、ぼーっと窓ガラスに映る自分を見ていた。すると背中に誰かの鞄が当たる。痛い。硬い。誰だ。きっと鞄には弁当箱か水筒が入っているに違いない。ことによるとPCか、それくらい硬い。痛い。鞄やリュックは前にして電車に乗るのがマナーだろ、そんなことを考えながらそっと後ろを振り返ると仕事帰りの若い女性。あれ?と思う。知っているような顔。後ろから少しだけ見えた横顔だし定かではないけれど、たぶん大学時代の同級生。どうしよう、声を掛けてみようか、でも人違いだったらどうしよう、いっそここは向こうから声を掛けてもらえるよう仕向けるか?しかし変わらず美人だ、でも彼氏もいるし近々結婚するとかそんな噂も聞いたぞ、うわ、なんか悔しい、といろいろな気持ちが僕の中を駆け巡る。たしか彼女は沼袋に住んでいたはずだ、だから沼袋で降りたら確定だ。でも電車を降りはじめた瞬間に声かけてもダメじゃん、「久しぶり、あ、降りなきゃ、じゃーねー」で終わってしまう。どうしたものか。後で飲み会とかで会った時に「あの日電車乗ってた?」とか言われるのも嫌だ、それはなんだか臆病者みたいじゃないか。そういえば学生時代、彼女にけっこうな量の漫画を貸していたっけ、そしてそれは一冊も帰ってきていないし、彼女の友達に又貸しされているとも聞いた。それを思いだしてからは尚更声を掛ける必要があるように思われた。「こいつ、鞄を俺の背中にガツガツと打ちつけながら澄まし顔で電車乗ってやがる上、漫画も数年借りっぱなんだよな」というわけでだんだん腹が立ってきた。なんとか今ここで声を掛けて漫画を返してもらう約束を取り付けないと、でもこいつ婚約してるんだよな、そんな約束はできないか、いやでも結婚してからではもっと手遅れだとかんなとかで電車は沼袋に到着し、彼女はすたすたと電車を降りて行った。

 その日の夜、ベッドの中で「変わらず美人だったなぁ」とか考えて寝た。