縦裂FNO

日々、見るもの流れゆく物の例え。

いつも何かが考え事の

 

 「ステム君(僕)って人の話聞いてないよね」って言われることが多い。その通りだ。僕は人の話をあまり聞いていないし聞かない。しかしこれには理由がある。最近気付いたことなのだが、それは他人が僕に話しかけているときが一番考え事に集中できるからだ。僕に向かってペラペラと話している人の顔を見ていると、今書いている小説のネタやどうするか迷っていた予定、くだらない妄想までとことん捗る。相手に失礼だし、良くないことだとわかってはいるが、何分にも無意識の事なのでなかなかやめられず。

 べつに話を全く聞いていないわけではない。100%中20%くらいはちゃんと聞いている。つまり、適度に話を聞いて適度に理解し、適度にリアクションをしなければならないという義務感で脳が活性化、フル稼働しているのだと思う。常に変化してゆく話題、相手の顔、声のトーンとリンクして僕の考え事も次から次へめまぐるしく変化してゆく。この事象、ある一つの物事を注力してガーっとやっていくより、余力を持たせながら並行して複数のことをこなしてゆくほうが効率良かったりするようなものだ。所謂マルチタスクというもの。

 その他、日常生活の中で僕の考え事がはかどっている状況をいくつか思い出してみた。挙げられるのは、

 

・歩いているとき

・お風呂

・食事しているとき

・掃除中

・ドライヤーで髪を乾かしているとき

   etc...

 

 やはり、と言うべきか共通しているのは何かしら体を動かしているということ。結局これらも同じことだろう。何かを並行して行っているときのほうが集中力が隅から隅へ行きわたる。マルチタスクは逆に非効率なんて話も聞くが、これくらい些細なことだと何も非効率なことは無いはず。

 それともう一つ。一時期、僕はよく音楽を聴きながら街を出歩いていたが、音楽がもたらすエモーショナルさに浸っているばかりで、気付くとサッパリ考え事をしない毎日になっていた。たとえしていたとしても、考え事の結論が曲調や歌詞に影響されては困るし、感情のテンションに差が出ると考え事もなにかと変なことになる。もちろん、音楽から引っ張ってこれるアイデアやイメージというのはあるが、それは適度なものにしておいた方が良い。なぜならそれは素の自分とは少し離れたものだからだ。