縦裂FNO

日々、見るもの流れゆく物の例え。

ドレスデン・ホロコースト

 
 ドレスデン爆撃と聞いてそれを知っている人はどれくらいいるだろうか。あまり多くはないはずだ。かく言う僕もその爆撃があったこと自体は知っていたが、名前だけ、という程度だったのだ。しかし、最近読んだカート・ヴォネガットの小説『スローターハウス5』のテーマはこのドレスデン爆撃であった。彼はこの爆撃の生存者だったのだ。僕は興味を掻き立てられるがまま、読了後にいろいろと調べてみた。
 
 ざっと概要を説明すると、ドレスデン爆撃とは、第二次世界大戦も終わろうかとしていた1945年2月13日から15日にかけてアメリカ、イギリス空軍によって行われたドイツ東部の都市ドレスデンへの無差別爆撃のことだ。ドレスデンの街は非武装地域であり、多くの捕虜や避難民に溢れていた。そして歴史的に価値の高い建造物が多い古都でもあった為、保存性の観点からも空爆の標的となることはなかった。しかし、1945年2月13日の夜からの約2日間、この小さな街に800機以上の爆撃機から約3800トン以上の爆弾、焼夷弾が投下された。この爆撃により街は木端微塵に破壊され、1500℃に及ぶ火災旋風が全てを焼き尽くした。死者数は最大で15万人と言われ、これは東京大空襲や広島、長崎に落とされた原子爆弾での死者数をも上回る。(死者数は3万人程度だったなどの異説もあり)この爆撃はソ連を牽制するという名目上の建前はあったものの、既に戦争の勝敗は決まっていたも同然だったので、戦略上特に意味をなさない爆撃であった。

 恐らくこのドレスデン爆撃ほど徹底された爆撃は他に無い。とてつもない爆撃の後に、街をうろついていた生存者までをも機銃掃射で撃ち殺したのだ。例えるなら、人々が平和にのんびりと暮らしてるのどかな村や町内に100発以上のミサイルを打ちこんで破壊の限りを尽くすような爆撃だ。ドレスデンの街の85パーセントは焼失してしまった。ヴォネガットによると、爆撃後、遺体の搬出、埋葬が追いつかないため火炎放射気で一気に火葬したそうだ。想像するのも痛ましい光景である。

 しかしなぜこの爆撃は認知度が低いのか------それはこの爆撃はあまりにも謎が多いからだ。上記したように、ソ連を牽制するというのがこの爆撃の目的と言われているが、正確な理由はわかっていない。当事者も硬く口を閉ざしてしまっているのだ。ソ連に軍事力を見せつけるためだけに15万人とも言われる人々が殺戮されたのだろうか。これだけの大規模な爆撃にも関わらず、この事実は一般の人々に知られることは無く、1969年に出版された『スローターハウス5』によってようやく国際的認知を得た。

 実はこのドレスデンの爆撃、日本とは無関係とは言えないところがある。というもの、この爆撃があったからこそ京都への原子爆弾の投下案が却下されたとも言われているのだ。

 原爆を投下する際、どの場所にするかというのは当初20か所ほど候補があったが、京都はAA地として最終候補まで残っていた。その理由は京都が盆地であったからだ。マンハッタン計画に携わった研究者たちはこの「盆地での爆撃効果」に強い関心を持っていた。そのため、歴史ある京都の街を破壊してでも京都に原爆を落とすべきだと主張する上層部の人間は少なくなかったという。ただ、先のドレスデン爆撃で歴史的価値の高い古都を破壊したことに対する国際的非難は強かった。それに続く形となる京都への原爆投下はさらなる非難の対象となるため、国の体裁のためにもアメリカは京都を候補から外したのではないかというものだ。

 こうしてみると、歴史と言うのは全てが繋がっている。タラレバではあるが、もしドレスデンへの爆撃が無かったなら....と考えると、やはり恐ろしいものだ。だからといって僕たちはドレスデンでの人々の死が「必要」なものであったかなどは考える必要は無い。我々は死者に対して、その悲しみのためだけに、ただ祈れば良いのだ。惨劇が起きて「良かった」などということはない。