縦裂FNO

日々、見るもの流れゆく物の例え。

友人の父の死に思うこと

 

 先日、中学時代からの知り合いである友達の父親が亡くなっていたことを知った。その友人とは中学時代は本当によく遊んでいて、大の親友だった。家が近かったということもあり、彼の家へも何度も遊びに行っていたので、当然その父親と何度も顔を合わせていたし、遊びにだって連れて行ってくれたこともある。また、休日には少年野球の指導者として活動している姿もよく見かけていた。かなり活動的な、元気な人だった。お酒はかなり飲んでいたが。僕とその友人は、お互い高校生になると別々の学校に進学したこともあって、自然と遊ぶ頻度は減ったが、現在に至るまで定期的に会ったりしている付き合いの長い友人だ。そんな彼の父親が亡くなっていた。

 長く会っていない知り合いが「亡くなった」と聞いても、それはこれまで同様「会っていない」期間が続くだけのような気がして、その死の実感を得にくい。例えその人が死を回避して生き続けようとも、自分が死ぬまで会うことが無ければそれは同じことのようにも思える。ただ会える可能性が絶たれるだけだ。

 僕は他人の親が嫌いだ。自分家以外のご飯は不味く感じるし、泊ったりしても寝付けないし、トイレを借りるのにも気を遣う。それは親と子の関係、そしてその家に強力なテリトリーがあるからだ。遠慮するなと言われようがそのテリトリーの中に入り込むことは決して容易い事ではないし、精神的な負担も大きい。そしてそのテリトリーの根源は他人の親であり、僕が感じるストレスの元凶だ。加えて、僕の母はいつも他人の母の悪口を言っていた。ならば当然誰かの母も誰かの母の悪口を言っているに違いない。どの親も自分の生活環境、そして子供、家族と言うテリトリーを守ることに必死なのだ。だから僕は他人の親が嫌いだ。

 訃報を聞いた時には彼の父は既に荼毘に付され骨になっていた。彼は父が病気であることも、亡くなった事も教えてはくれなかった。

 訃報を聞いた数日後、僕は自転車で彼の家の前を通った。もうこの家にあの父親はいないのだと思うと、家の佇まいはどことなく寂しげに見えた。

 さらに数日後、家の近所で友人の妹と偶然鉢合わせ、久しぶり、と声を掛ける。しばらく話していると、「うちのお父さん死んじゃったこと、聞きました?」と言われる。聞いたよ、と返事を返すと「あ、そうですか」と言われた。会話が途切れ、なんとなく気まずくなったので、僕は近いうちお線香でもやりに行かせてくれよ、と彼女に言った。

 その日の夜に思い切って友人にメールを送った。妹さんに会った事、線香をあげに行かせてほしいことをメールで告げた。明日の夕方ヒマなら来いよと言われたので僕は胸のつっかえが取れたような、少し安心した心持でその日は眠ることができた。

 しかし翌日、僕はどんな顔で、どんな態度で友人に会えばいいかわからなくなって1日中困惑していた。線香をあげに行きたいなど言わなければ良かったとさえ思ってしまったほどだ。しかし時間は刻一刻と迫ってくる。そしてなんの決心も無いまま僕は彼の家へ向かった。今後とも彼と付き合っていく上で無視することのできない話なのだ。

 インターホンを鳴らすとスピーカーから「開いてるぞ~」と呑気な声が聞こえてきた。玄関のドアを開け靴を脱ぎリビングへ向かう。部屋に入ると、友人はプレステでゲームをしていて、彼の他には家には誰もいなかった。僕の目は自然と仏壇を探していた。仏壇はリビングから敷居を跨いで隣にある和室にあった。遺影の写真の解像度が若干低いことが気になった。僕は「ほんとに亡くなってたんだなぁ」と独り言のように言って線香をあげ、手を合わせた。

 それからは買ってきたジュースを飲みながら、この家でこうして会うのは何年ぶりだなとか最近はどうしてたなど他愛のない話を20分程度話した。その後2人で30分ゲームをし、あまり長居することなく僕は家へ帰った。帰り際に「また来なよ。今週末にプレステ4買うからさ」と言われた。

 僕は家へ帰りながら、さっき「親父さん亡くなったこと、教えてくれたって良かったのに」と言った時の彼の苦笑いとその表情を思い出して沈んだ気持ちになった。僕が彼の立場ならこんなことは言われたくなかったはずだ。ついつい予想してたよりリラックスした空気だったので、僕はこんな軽率な発言をしてしまった。テリトリーがわかっていなかったのだ。僕らはもう中学生ではないし、今や1番の親友でもないのだ。年月は確実に過ぎている。

 しかし、過ぎ行く時間と人間関係というものはこんなものだろうとも思った。僕は自宅の玄関を開けながら、やっぱり自分の家が一番だな、と考えつつ自室への階段を登った。