縦裂FNO

日々、見るもの流れゆく物の例え。

建物の昼と夜

 

 今は取り壊されてしまっているが、家から自転車で15分程度走ったところにゴルフの練習場があった。だだっ広い土地の外周には緑のネットが張られていて、昼夜問わず大人たちが打ちっぱなしに興じていた。僕はなんとなくそれを見るのが好きで、少し遠周りになってでも練習場周辺の道を使って目的地へ行ったり、家へ帰ったりしていた。たまにゴルフボールがネットの外に転がっている事もあり、子供だった頃なんかはこっそり持ち帰ったりもしていた。

 闇に緑は良く栄える。暗闇に佇む公衆電話のように、そこは夜になると照明によって照らしだされ、暗闇の中に芝のグラウンドやネットの緑色がくっきりと浮かび上がる。そして夜の9時30分を過ぎると全ての照明が落とされた。

 ある日、僕は夜の10時近くにこの練習場の脇道をだらだらと歩いてた。照明は落とされ、辺りは真っ暗だ。ふと何気なく、ネットを張るために等間隔に建っている細長いコンクリート製の柱に目が留まる。歩きながら視線を上に向けると、曇って星一つ見えない夜空に、その柱が煙突のように高々とそびえ立っていた。昼に見るより遥かに高さがあるように思えた。僕はまるで何者かに見降ろされているような、無言の圧力を感じた。今度は、いつも人で埋め尽くされている打席に目を向ける。するとそこは頭蓋骨の眼窩のように窪み、深い闇に呑みこまれていた。なんともゾッとするような景色で、僕は早足でその場を去った。

 建物は夜になると、とても大きく見える。理由はわからないが、確かに存在感を増す。いまいち理解できない人は夜に東京タワーやスカイツリーのふもとに行って見上げると良い。その威圧感に圧倒されるはず。暗い部屋でスヤスヤと寝ている人が無防備で弱弱しく見えるのとは正反対だ。まるで建物に「来るな!!」と突っぱねられてる気分。。。